
SNSを見ていたら、この広告が出てきた↓

宣伝会議賞。
コピーライターを目指す人なら知らない人はいない、日本最大の公募型の広告賞。
広告を眼にしたとたん、思わず「お、懐かしい」と呟いてしまった。
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ワタシも二度、応募したことがあった。
一度目は、今から34年前。
大学卒業の直前、その年の春から広告会社に就職するという時期で、同じように広告業界に就職が決まっていた同級生と一緒にそれぞれ作品を考えて応募した。
別にそんなことをしなくても、あと数ヶ月もすれば否応に広告制作に携わることになるというのに、なぜそんな行動に出たのか。
その動機は、今でもよーく覚えている。
ちょっとこの賞でも獲って、自分に〈箔付け〉をして社会に出てやるか。
冗談ではなく、本気でそう思っていた。
要するに、ワタシは宣伝会議賞だけでなく、広告業界はもちろん、世間そのものもナメまくっていたのである(笑)
当然ながらそんなバカタレが応募した作品が受賞するわけがなく、ワタシは箔付けされないまま、気持ちが良いほど無防備&丸越しで広告業界に飛び込んだのだった。
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二度目は、ちょうど30年前。
広告業界に入って4年が過ぎた(その間に会社は変わった)頃で、まだまだ拙いながらも自分なりに仕事にも慣れはじめた頃だった。
その頃、雑誌の宣伝会議は定期購読していた。
実際の仕事でもすでにコピーライティングをしていたので、自分にどれだけスキルが付いているのか知りたくなり、
ちょっと、腕試ししてみるか。
と、4年ぶりに応募してみようと思い立ったのだ。
応募用の課題の中から、キャノンのカラーコピー機のキャッチコピーを選び、自分なりに考案して応募した。
その後、締め切りから2ヶ月後くらいだったか、選考の途中経過(たしか二次審査)の結果が宣伝会議の誌面に載っていた。
二次審査を通過した応募者の名前の中に、ワタシの名前が載っていた。
自分の名前を載っていたことにも驚いたのだけれど、もっと驚いたのは、その後。
数日後、知り合いの数人の同業者から「応募したのか?名前、載ってたな!」と連絡が届いたのだ。
ワタシの名前は、まるで寄付金の名簿のように数ページに渡って小さな文字で掲載されている名前の中に載っていたわけで、同業の人達は、その何百人もの名前の中からワタシの名前を見つけたのだ。
広告業界でどれだけこの賞が注目されているのかを、この時の出来事で強く実感した記憶がある。
あの頃の駆け出しのワタシ達にとっては、さながら漫才のM-1グランプリのような賞だったのだ。
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結局、ワタシの作品は二次審査止まりで、最終審査には残らずに落選した。
それ以降、他のデザインのコンクールやキャッチフレーズの公募にはいくつも応募して、受賞したり落選したり(圧倒的にこっちが多い😅)したけれど、宣伝会議賞にはそれ以来応募することはなかった。
久しぶりに、応募してみようか?
・・・でも、けっこうエネルギーを使うからな。
今のワタシに、そんな時間も能力も気力もあるかどうか・・・
広告をタップして、詳細を眼にする。
賞金100万円か。
・・・ちょっと、考えます(笑)


























